あなた、何様?
第一話
周りの騒がしい音で私は目を覚ました。
どうしたのかと思い、目を開いて周囲を見まわすと、医師や看護師が近くに立っていた。
「おい知ってるか、ホントに使徒とかいうのが来たらしいぞ。何でも巨大な人型の生物みたいなやつで、この揺れはそいつの攻撃のせいらしい」
「まじかよ。ホントにそんな危ないのが来るんだったらここに就職なんてしなかったのによ。……で、ここに待機なのはこのガキをあれに乗せる為か?」
「多分な。まあ、まだ命令は来てないけど。…しかし、流石にこの怪我で乗せたら死ぬだろうなぁ。可愛気がないとはいえ、中学生の女を死なせるとなると少し心が痛むな」
「だが、命令には逆らえないからな、しょうがないだろ。別に俺達が気にする事じゃない」
「それもそうだな」
私が起きたことに気付かないのだろうか、私の悪口を言っている。いや、もしかしたら気付いているが、普段からたいした反応をしない私を全く気にしていないのかもしれない。もっとも私にはどちらでも関係ない。彼らはまだ話していたが、必要な情報は分かったので意識の外に追いやる。
彼らが話していたのを総合すると、どうやらここに使徒がやって来たが、まだ私には出撃命令が来ていないようだ。何故だろうか、不思議に思う。たとえ使徒がまだ辿り着いていないとしても、エヴァ―― 予測された使徒への迎撃のために人が作った神様のコピー ――の最終調整の為にパイロットとして私が乗っていた方が良いと思うのだが。私はまだうまく乗ることが出来ないのだから、なおさら念入りに調整をしないといけないはずだ。怪我などはいざとなれば体が替わるだけなのだから、それを理由にわざわざ使徒を倒す確率を低くすることはしないだろう。
そこまで考えて、ふと思い出した。そういえば、今日はたしかサードチルドレンがここに来る日だった気がする。ということは、サードチルドレンがエヴァに乗ることになったのだろか。私は自分の想像に胸が締めつけられた。サードチルドレン碇シンジ、あの人の息子。まだ会ったことの無いその存在に思いを馳せる。彼は私と違ってヒトで、あの人の実の息子で、エヴァ初号機の中に居る女の息子でもあり、従って怪我をした私に代わってチルドレンとして選ばれるのはむしろ当然のこと。このままでは私の存在意義を奪われるかもしれない、その恐怖はとても耐えられるものでは無かった。
しかし、司令からの連絡ですぐにそれは杞憂だと知らされた。看護師が通話器を私にあてると、機械で少し音質の変わったあの人の声が聞こえた。
「レイ」
「はい」
「予備が使えなくなった。もう一度だ」
「はい」
サードチルドレンは予備、碇司令の一言で不安は打ち消された。私を熱したエントリープラグから助けてくれた司令。あの人にとっては息子なのだが、エヴァを使う上ではそんな事実は関係ないということだろう。サードチルドレンにとっては実の父親に予備扱いされてることになるが、同情は湧かない。サードチルドレンは普通のヒトだ。別に父親に距離を取られても生きていけるだろう。けれど私にはあの人しかいない。予備の体があるのを、ヒトでは無いという事を知っていても、自分を傷つけてまで私を助けてくれる人などそうはいないだろう。司令が自分の血を分けた存在に関心がないことを知って、私は安心した。碇シンジに私の居場所を取られることはない。
もう一度エヴァ――今度はおそらく初号機、零号機は凍結されていて使えない――に乗るためにプラグスーツを着せられてから体を持ち上げられ、ベッドからストレッチャーの上に移される。痛みが襲うが、役立たずとして捨てられることと較べればどうということはない。
私を乗せた台のキャスターが転がる音が廊下に反響する。振動が傷に響くが、痛みを無視して静かに目を瞑りながら、ちゃんとエヴァを操り使徒を倒せるのか不安に思いつつ、目的地のケージに到着するのを待つ。
それ程時間がかかることなく目的であるヒトの造った巨大な獣、エヴァンゲリオン初号機の前へと着いた。医師達はさっさと私の周りから離れて病院へと戻っていった。
周りの様子が少しおかしい気もしたが、確認する余裕もなかったし、必要もないと判断したので与えられた任務を果たすべく行動を開始する。
「くぅ…」
私はエヴァに乗る為に起き上がろうとするが、痛みも有り体が上手く動かせない。それでも全力を振り絞って何とか上半身を起こしたとき、今までで一番大きな揺れがケージを襲い、私はストレッチャーから床へと投げ出されてしまった。
「くっ……はぁっ」
痛みで思わず声が漏れ、それと同時に意識も朦朧としてきた。……私はエヴァに乗らなければいけないのに……そう思いながら私の意識は闇に沈んだ。――最後に誰かが身体を起こしてくれた気がした。
「オイ髭、しょうがない、ごおくえんにまけてやる」
そんな事を言いながら。
あとがき
ひげ 0 【▼髭/▼鬚/▼髯】
(1)人間、特に男子の口の周りやあご・ほおなどに生える毛。
「―をはやす」「―を蓄える」
〔「髭」はくちひげ、「鬚」はあごひげ、「髯」はほおひげ、の意で書き分ける〕
(2)動物の口の周りの長い毛や毛状の突起。また、昆虫の触角。
三省堂提供「大辞林 第二版」より
ゲンドウが生やしてるのはあごひげだから鬚が正しい気もする。
書いた人:濡留歩
(初2004/06/07、最終2004/06/07)