あなた、何様?
第三話

 目玉焼き(肉は嫌いだけど卵は大丈夫)と白いご飯、豆腐の味噌汁、キャベツの千切りという朝食を食べ終わると、さっき言っていたとおり私の服を買いに行くことになった。別に必要ないのだけど、絶対に断るべき理由も無いため結局碇君に押し切られて買うことになってしまった。

「綾波は欲しい物とか・・・ないよね」
「ええ。必要なものは揃ってるわ」
「やっぱり。そう言うと思った・・・。まあ最初はしょうがないか。少しずつ自分の好みとかを考えられるようになればいいんだし」

 好み? ……私にも全く無いわけではない。好きな食べ物もあるし、嫌いな食べ物もあるし、嫌いな人も目の前にいる。ただ必要の無いことに対して関心が薄く、多くのことを必要のないことだと思ってるだけ。服を着飾っていったい何の意味があるのか私には分からない。私にとって、私以外の人間は自分と違う生き物だ。それなのに周りのヒトたちに合わせる必要が何処にあるの?
 私が自分の格好に関心が無い理由は他にもある。地下にある魂の無い多数の私の体たち。あれがある限り、自分の外見を褒めてもらったとしても喜ぶことはないと思う。私の外見は彼女たちと全く同じ。だから私の体なんて、道端にある石ころと同じくらい無価値。
 もっとも私が無精者だというのも少しはあるかもしれないけど。

 二人とも特に準備もしないで、すぐにそのまま服を買いに行く事になった。

「ねぇ、そういえば綾波の下着ってどこで買ったの?」

 マンションを出てすぐに碇君が訊いてきた。……女性に下着の事を聞くのは、非常識なのではないかと思う。碇君の方を見ると、普通の顔をしている。ニヤニヤしたり、顔が赤くなったりもしていない。まるで女性の下着になんか興味が無い、慣れているといった自然体の様子だ。……此処へ来る前はいったいどんな生活をしていたのだろう。

「買ってないわ。前のところに住むようになったときに赤木博士からもらったの、制服と一緒に」
「そうなんだ・・・。まあ別にそれは買わなくてもいいか。数は結構あったからね」

 ――なんであなたが私の下着の数を知ってるの。

「好きにすれば」



 その後も適当に話しながら二人で歩く。日がだんだん高くなってきて、ずっと冷房のしっかり効いた病院に入院していた私には少しつらい。碇君は何故かいつも黒い服を着ているけど、暑くないのだろうか。そんな事を考えていると、顔に出した覚えは無いのに碇君が私の様子に気付いたのか、話を止めて声をかけてきた。

「綾波、どうかしたの?ちょっと辛そうだよ」
「どうもしないわ。もともとこんな感じよ」
「そう?・・・ならいいけど」

 そう言いながらもちょっと心配げな表情は変えなかった。全然顔には出してないはずなのに。

 駅前まで来ると碇君が建物に入っていったので私もついて行って入る。
 お店の中は冷房がよく効いていて、むしろ少し寒いくらいだった。碇君は案内板を見て、どこに行くか決めるようだ。しばらくして碇君が歩き出したのでついていく。エスカレーターに乗って上の階へ行く。
 若い女性用の服が置いてあるフロアに着いた。碇君がきょろきょろと周りを見回していると、店員の女性がやってきて私達に声をかけた。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなものをお探しでしょうか」
「あ、ええと、綾波の服を買いに来ました」
「はい、隣のお連れ様のご洋服ですね。カジュアルな服でよいのでしょうか」
「はい、それでいいです」
「でしたら、こちらのものなどいかがでしょう。お客様はスタイルがいいのでよく似合うと思いますよ」
「う〜ん・・・そうだなぁ・・・」

 以下、碇君と店員の人とのやり取りが続いた。私はたまに呼ばれて渡された服を試着し、それを碇君が褒めるのを聞くだけだった。もっとも、いくら外見を褒められても嬉しくなかったけど。十回以上は試着をしてようやく買い物が終わったときには、既にお昼をだいぶ過ぎていた。無駄な時間を過ごした気分だ。服は持ちきれない分は宅急便で家に送り、当面使う(と言われた)やつを袋に入れて碇君が持っている。その中には私の制服もあり、いまの私は花柄のワンピースを着ている。

「結構時間かかっちゃったね。お昼ご飯を何処かで食べてから帰ろうか」
「いらない」

 碇君の言葉に即座に拒否の意を伝える。すると少し驚いた顔をして問い返してきた。

「え、なんで?お昼いらないの?」
「ええ」

 私はもともと朝と昼のご飯は兼用していて、栄養ブロックを食べていただけだった。けれど今日はちゃんとした朝食を食べたせいで、この時間になってもあまりお腹が空いていない。

「どこか具合が悪いの?」
「いいえ」
「医者に食事制限かけられてるとか?」
「いいえ」
「実はダイエットしてるの?」
「いいえ」
「じゃあ・・・」
「待って」

 このままだとまだしばらく問答が続きそうだったので、昼ご飯を食べない理由を碇君に説明した。

「それじゃあ、綾波はいつもしっかりした食事は夜しか食べてないってこと?」
「ええ」
「ダメだよ、そういうのは。やっぱり三食きっちり食べないと。綾波はそれでなくても痩せすぎっぽいんだから、もっと食べないと体に悪いよ」
「必要な栄養とカロリーは取ってあるから問題ないわ」
「ううん、違うよ。ちゃんとした食事を取らないと全力を出せないよ」
「……」

 朝もそうだったけど、結局ここでも押し切られて昼ご飯を食べる事になった。碇君が普段の夜私はどこで食べてるのかと聞いてきたので、比較的頻繁に利用するカレー屋でカレーを食べた。私はもちろん野菜カレーを注文し、思ったとおり食べきれずに少し残してしまった。碇君の言う事を実践した結果、無駄な食べ物を出したということだ。



 家に帰ってから碇君は買ってきた服をクローゼットにしまったりしていた。私はその様子をボーっと見たり、今日ついでに買ってきた本を読んだりしていた。
 慣れない場所へ行って少し疲れたのか、いつの間にか眠ってしまったようだ。ソファーの上で目が覚めた。少し辺りを見回し、今自分のいるところを思い出すと料理の匂いが漂っているのに気付いた。台所の方を見ると、碇君がなにか野菜を切っているのが見える。やる事もないので彼の後姿を見ていると、妙に様になっているような気がする。味噌汁の味噌の量を確かめるために味見している手慣れた仕草は、まるでその道のプロ(主婦(夫))のようだ。
 しばらくして料理が出来上がり、これから食べようとしたまさにそのとき、インターホンがなった。碇君が対応して、どんどん不機嫌な顔になっていきながら少しの間喋っていたが、やがてため息をひとつ吐いてドアを開けた。やって来たのは朝碇君の言っていたとおり、葛城一尉だった。

「何しに来たんだ、いったい」

 席に戻るなり碇君がかなり嫌そうな顔で訊く。彼は葛城一尉、というかネルフの人を嫌っているみたいだ。敵対的な態度を全く隠そうとしていない。そんなあからさまに正面から相手を嫌えば、当然相手もこちらを嫌う。私が見たところ、碇君はそれで構わないと思っている。むしろネルフの人(私を除く)に好かれたくなんてないと考えているようだ。もし彼がどこかのスパイなら、わざわざ警戒されるような事はしない方がいいのにと、他人事ながら心配になる。

「何って、もちろん友好を深めに来たのよん。隣人として、上司としてね」
「俺はアンタの部下じゃない」
「な、ふざけた事言ってんじゃないわよ、あんたチルドレンでしょうが!」

 私もそう思った。名目上は葛城一尉がチルドレンの上司のはずだ。

「髭から契約を聞いてないのか?それとも書類を読んでないのか?俺は誰の命令にも従わなくていいという条件で、エヴァに乗ることになったんだよ」

 碇君が葛城一尉を嘲笑し、葛城一尉はあっさりと切れた。

「っざけんな! アンタみたいなクソガキを自由に戦わせられるかっての。グチャグチャ言わずにアタシの指示に従いなさい!」
「フン、どうして俺がお前の言う事を聞かなきゃいけないんだ。前の使徒戦だって、ろくに支援しなかっただろうが」

 そういえば、私はまだ碇君がどうやって使徒に勝ったのか知らない。後で記録を見よう。今は無理でも、いつかエヴァに乗れるようになったとき参考になるかもしれない。

「それはまだ準備ができてなかったからよ。私の責任じゃないわ!」
「まあ、それはそういうことにしておいてやろう。だが、どちらにしろ初めて会った人間に『巨大ロボットに乗って、怪物と戦え』などと命令するようなやつの言う事なんて聞きたくない」
「仕方ないでしょう、使徒を倒さなければ人類は滅亡するし、あんたしか乗れないんだから!」

 葛城一尉の言った事は事実。碇司令もそう言っていた。

「そういう事情を先に話してくれれば、また違った第一印象になったかもな。だが、お前たちは俺に何の説明もせずにただ『エヴァに乗れ』と命令しただけだ。つまり、お前たちは俺の人格を考えていない。『碇シンジ』ではなく『サードチルドレン』だけが必要なのだろう?」
「ぐっ……、説明してる時間がなかったのよ!」

 そのときの状況はまだよく知らないけど、使徒が既にここに来ているときに、悠長に説明する時間はなかったかもしれない。もっとも私には、碇君はここへ来る前に知っていたんじゃないかという気がする。

「それはそちらの都合だろうが。俺には関係無いな。俺のことをエヴァの部品としか思ってないようなやつらの言う事を、なんで俺が聞かなきゃいけないんだ」

 エヴァの部品……。私もそうかもしれない。けれど、使徒を倒さなかったらサードインパクトが起こるのだから、碇君の言い分は子供の我侭に聞こえる。使徒がすぐそこまで来ているのにいちいちパイロットの言う事なんか聞いていたら、人類もろとも死んでしまう。たとえ、碇君がその事を知らなかったとしても、いまでは知っているのだから、話さなかった理由も理解して納得していなければならない。納得できなかったとしたら、彼は頭がよほど悪いのだろう。第一、たぶんスパイである碇君は、ここへ来る前から使徒が原因でサードインパクトが起こることくらいは知っていたはずだ。……ということは、もっともらしい理由をつけているけど、単にネルフの言う事を聞きたくないだけかもしれない。

「使徒を倒さなきゃ人類が全滅しちゃうのよ。個人のことなんか気を使えるわけないでしょーが」
「全人類の命運を子供に背負わせるのなら、逆にもっとこっちを尊重してもいいと思うがな」
「……!! あ〜〜、もう、あんたの我侭のせいで人類が滅んだら責任なんてとれないのよ!」
「要は、使徒に勝てばいいんだろう?お前らの指示なんか無くたって俺ひとりで勝ばいいわけだ。少なくても自分で考えて行動すれば、指示を待つ時間をなくす事ができる」
「実際に戦ってるやつに冷静な判断なんかできるわけないし、あんたみたいな子供が戦いながら考えるなんてできるわけがないわ。おとなしく発令所、私からの指示に従いなさい」
「この前の戦いのときを見る限り、実際に戦ってなかったお前も冷静じゃなかったと思うがな。それに、俺のことを部品としか見てないようなやつらが、俺を使い捨てにしないとどうして言い切れる?俺が『人類のための尊い犠牲』になる義理はないぞ」
「……」

 葛城一尉は反論できないのか沈黙してしまった。でも、私には碇司令が本当に碇君、というよりは初号機を見捨てる事があるとは思いにくい。あの人は、どうしてか分からないけど初号機にこだわっているから。……私が見捨てられる事は、あるかもしれない。代わりがいるし、使徒を倒すためには手段を選ばないだろう。それでも、どうしようもなくなるまでは、私を助けようとしてくれるはずだ、あのときのように。――もしも初号機と私のうち一方しか助けられないとしたら、司令はどちらを選ぶだろう? 不意に浮かんだ疑問。けれど、それに対する答えは見つけられなかった。

 葛城一尉は、それからぶつぶつ文句を言いながらもたくさん晩ご飯を食べて、隣にある自分の部屋へと帰っていった。

「結局、あの人にとっては『使徒を倒す事』が最優先だったんだよな・・・。だったらなんで・・・」

 葛城一尉が帰るのを見届けると、碇君がぽつりと小声で独り言を言った。どこか寂しそうな、いまにも泣きそうな顔で。その声が耳に入った私は、碇君の言葉が過去形だったのが少し気になった。





 退院した翌朝。私は学校に行くために制服に着替える。いままでは下着だけで眠っていたけど昨夜からは寝間着を着て寝るようになった。これはもちろん碇君の頼みごとだ。いままでより厚着で寝る事になったけれど、冷房があるので暑くて寝苦しいということはなかった。ひょっとしたら部屋に冷房があるというのが、唯一引っ越してきてよかったと思うことかもしれない。前の場所のは壊れてたから。
 それから朝ごはんを食べさせられて、碇君と一緒に学校へ向かう。碇君も今日から中学校に通うらしい。昨日の疲れが少し残っているので学校をサボろうかと思っていたけど、碇君の転校初日の様子を監視するのも任務の一環と判断して、一緒に登校することにした。
 登校している途中、同じ学校の人からよく見られた。私は外見が普通の人と違うから初対面の人に珍しそうに見られるのは慣れている。けど学校の人たちはもうこの青い髪の色にも見慣れているはずで、いま私を見ているのは違う理由だと思われる。つまり、私ではなく隣にいる碇君を見ているのだ。きっと碇君が日本人とは髪や瞳の色が違う事、普通の白いシャツではなくて、わざわざ太陽の熱を吸収しやすい黒いシャツを着ているのを変に思っているのだろう。変な格好をするのは学校に一人いれば十分で、二人もいらないからかもしれない。なにしろ私のクラスには既に、同じような髪と瞳の色をした私もいるし、毎日黒ジャージを着てる変人もいるのだ。



「それじゃあ、俺は職員室に行くから」

 教室へ行く途中の廊下で碇君と別れた。転校初日なので先に先生に会いに行くらしい。
 一人で教室へ入ると、既に来ていた人たちがこちらを見る。いつもはすぐ友達との会話に戻るのだけど、今日はちらちらとこちらを見てくる。なぜ? 今はもう碇君は一緒にいないのに。いささか居心地の悪さを感じながら窓の外を眺めていると、やがてチャイムが鳴って担任の老教師が教室に入ってきた。続いて碇君も入ってきて教室がざわめく。

「えー、今日は皆さんにお知らせがあります。既に知っている人もいるかもしれませんが、このクラスに転校生が来ました。碇シンジ君です」
「碇シンジです、武蔵野から来ました」
「それで終わりですか? では碇君の席は、えー、綾波さんの隣が空いてますね。あそこに座ってください」

 碇君の簡単極まりない自己紹介の後、担任がそう言って私の隣の席を指した。碇君が席に座ってこちらに向かって嬉しそうに笑顔で言う。

「隣だね、よろしく」

 私は返事の代わりに黙って頷いた。

 休み時間、転校生だという事で皆から話しかけられて、普通に受け答えをしていた。と言っても、相手との間に薄い壁を作ってるようにも見える。…私の気のせいかもしれないけど。
 その後の授業も滞りなく進み、碇君は先生に当てられたときも時間をおかずに正解を答えていた。頭はそれなりに良いようだ。結局、学校での彼の行動に特に不振なものはなかった。敢えて言うなら、朝、職員室に迷いなく向かったことぐらいだろうか。でもそれだって、以前彼が学校へ来たことがあったとしても、不自然というほどの事ではない。戦自の少年兵の人とでも連絡を取るかもしれないと考えていたけど、そんな事は無いようだ。そのうち最後の授業も終わり、放課後になる。私は碇君と一緒に帰るのか、と思って碇君を見る。

「綾波、今日は先帰ってて」

 碇君は用事があるらしい。……気になる。わざわざ私を排除してする用事とはいったいなんだろう。確かめないと。
 碇君の後を少し距離をあけてついていく。彼は私が尾行しているのに気付いた様子もなく、校舎を出て他の生徒の流れとは違い、裏側へと歩いていった。そこには既に先客がいた。女子の制服を着ている。さらに近づくと、顔が見えるようになり、私の知っている人だと分かった。名前は知らないけど、私のクラスの委員長の人だ。たいして知っているわけではないが、いままでこれといって怪しい行動をしていたこともない。彼女と碇君の話とは、どんなことだろう。

「ごめん、こんな所に呼び出しちゃって」
「あ、別に気にしないで。そ、それより私に話っていったい何?」

 委員長は何故だか少し緊張しているみたいで、やや顔が赤いし、言葉もどもり気味だ。それに対し碇君は普段と変わらない。彼女の変な様子にも気付いてなさそうだ。

「うん、実は・・・会ったばかりでこんなこと頼むのは気が引けるんだけど・・・」
「う、うん」
「やっぱり、委員長しかいないと思うんだ」
「ごめんなさい! わたしはだめなの、あ、あのね、」
「そんなこと言わずに頼むよ!綾波と話してあげて!」
「碇君がだめとかそういうんじゃなくて、その、好きな人が……って、え?」

 碇君は頭を下げていて、委員長の意味不明な言を聞いてなかった。委員長は慌てていて変な事を口走ったけど、碇君は正気で変な事を言った。彼女が私と話すことで碇君になにかメリットが生じるのだろうか、彼の真意が読めない。

「綾波さんと……?」
「うん。ほら、綾波っていつも一人でしょ。ああいうのって良くないと思うんだ」
「そうね……。わたしもそう思うけど…」

 委員長が飲み込んだ言葉は想像がつく。『だけど、私が話しかけても返事してくれないのよ』といったところか。二年生に進級し同じクラスになってから、何度か話しかけられたけど無視していた本人の予想。それに、また話しかけられても無視するだろうし。

「確かに綾波はあんまり喋らないけど、あれは別に相手のことが嫌いというわけじゃないんだよ。ただ話す必要がないと思ってるだけなんだ。だから、何回も会話をして楽しいと思うようになってくれれば、たぶんそのうち応えてくれるようになると思う」
「う〜ん……」

 碇君の勝手な推測に基づいた要請に、委員長は困ってるみたいだ。実際、私は何回話しかけられても応じないし、委員長もそう思っているから承諾しないのだろう。それでも断らないで迷っているのは、先程言ったとおり自分でも私のことを一人にしておきたくないと思っているからだ。私は一人でも問題無い、むしろ他の人が関わってくるのは煩わしいと思っているので、断って欲しい、という願いを込めながら二人を見つめていた。と、何か考えながら視線を彷徨わせていた委員長と目が合った。ちょっと驚いた顔になって、それを見た碇君がこちらを振り返る寸前、なんとか校舎の陰に隠れる事に成功した。

「あれ、何もないや」

 碇君の声。どうやら見つからなかったらしい。

「で、こんな事いきなり頼んでもやっぱりだめかな?」

 気を取り直してさっきの頼みへの返事を訊く。
 ――断って、名も知らぬ学級委員長。
 しかし、私の内心の願いは聞き入れられなかった。

「わかったわ。わたしにできることならするわ。同じクラスなんだしできれば仲良くしたいもの」
「ほんと!?ありがとう、委員長!」
「そんな、お礼なんていいわよ。わたしも綾波さんにちょっと興味あるしね」
「そうなの?」
「うん。いままでは感じ悪い子だな、って思ってたけど、碇君がそこまで言うなら、たぶん良いところもあるんだよね。それを知りたいと思うし、碇君との関係も気になるから」
「そ、そんな、綾波とはただの友達だよ」
「ただの友達の事をこんなに必死になって頼まないと思うけどね。ま、そのことも含めて綾波さんと話してみるわ」
「う、うん、お願いします」
「はい、お願いされました。それじゃ、わたしちょっと仕事残ってるから教室戻るわね。じゃあね」
「あ、ご、じゃなくて、ありがとう。また明日」

 と、二人の話は終わったみたいだ。委員長のものと思われる足音がこちらに近づいてくるのを聞いて、急いで場所を移動した。ハァ、これからは碇君からだけではなく、委員長からも話しかけられるの……。





 想像通りに学校では洞木さん(委員長)によく話しかけられるようになり、最初は無視しようかとも思ったけど、彼女が私の知らない碇君の情報を持っている可能性も考えて、少しだけ相手をするようにした。今日も放課後、授業中の鈴原君(ジャージの人のこと)が馬鹿な事を言っていた、なんて話を聞いているときに、私の携帯電話が鳴った。非常召集だ。私は鞄を持って(中にネルフのカードなどが入ってる)、教室を出た。

「え、なに? どうしたの?」

 洞木さんの声が後ろから聞こえたけど無視。私はネルフに向かう……前に碇君の居場所を携帯で確認すると(チルドレンの持ってる携帯には発信機があり、互いの現在位置を調べられる)、すぐ近くにいる。走りながら辺りを見回すと、碇君の声が聞こえた。

「あ、綾波、一緒に行こ」

 同じ場所へ行くのだから、そうしたいなら勝手についてくればいい。そう思って黙って走った。



 ネルフに着くと、碇君はプラグスーツに着替えるために更衣室へ、私は戦闘の様子を見る為に発令所へとそれぞれ向かった。発令所はみんな忙しそうにしている。私は邪魔にならない位置に立つ。

「サードチルドレン、エントリープラグに乗り込みました」
「そう、通信繋いで」
「はい。……通信、繋がりました」
「いい、シンジ君。私が合図したらパレットガンを」
『必要ない。俺は勝手に戦うと言ったはずだ』

 碇君は葛城一尉の言葉を遮って言った。確かに、前の使徒戦を見る限り、指示なんて必要ないかも、と思う。けれどもちろん葛城一尉はここで諦める訳にはいかない。彼女の職務は使徒を倒す事で、何もしないのは自分の存在意義を否定したも同然だ。

「ちょ、いい加減にしてよ。もうすぐに戦う事になるんだから!」
「目標、最終防衛ラインに達しました」
「ちっ、初号機を射出、急いで!」

 結局碇君を説得できないまま、戦場へと送る事になった。

 今回の戦闘は私の予想通り、碇君の圧勝だった。相手のイカみたいな姿をした使徒の振り回す超音速の触手をなんなく避けて初号機が使徒に接近、使徒を地面に押し倒して胸の辺りにあった紅い光球――コア――をナイフで一刺し。初号機が地上に上がってから一分と経っていなかった。

書いた人:濡留歩
(初2004/07/13、最終2004/09/23)
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